概要

春日若宮おん祭は、奈良県奈良市の春日大社境内にある若宮神社で毎年12月15日から18日にかけて行われる国指定重要無形民俗文化財の祭礼である。中心神事は12月17日午前零時に始まる「遷幸の儀」で、若宮神を本殿から御旅所へ移し、同日夜半の「還幸の儀」で本殿に戻すまでが祭礼の核心とされる。この両儀式では一切の照明が消され、参列者の写真撮影や懐中電灯の使用すら許されない厳格な作法が現代まで守られている。

祭礼は神事のほかに、12月17日正午から始まる「お渡り式」と呼ばれる大行列や、御旅所での奉納芸能が複合的に構成されている。お渡り式では日使、神子、細男と相撲、猿楽、田楽、馬長児、競馬、流鏑馬、将馬、野太刀、大和士、大名行列などが奈良県庁前から近鉄奈良駅・JR奈良駅を経由して御旅所まで巡行する。御旅所祭では社伝神楽、東遊、田楽、細男、猿楽、舞楽、和舞が芝舞台上で奉納され、南都雅楽の伝承の場としても重要な役割を果たしている。中世より大和国の宗教的・社会的秩序を反映する大祭として発展し、1979年に「春日若宮おん祭の神事芸能」が重要無形民俗文化財に指定され、1980年に春日若宮おん祭保存会が保持団体として結成された。

歴史・由来

春日若宮おん祭の起源は、若宮神社の創建と密接に関わっている。若宮神社は長承4年、すなわち保延元年(1135年)3月27日に創建され、翌保延2年(1136年)9月17日に関白・藤原忠通によって初めて若宮祭が行われた。若宮神は天押雲根命とされ、春日大社の第三殿に祀られる天児屋根命の御子神である。言い伝えによれば、若宮神は長保5年(1003年)3月3日に出現したとされ、その霊験により大雨・洪水が収まり五穀豊穣を祈願する例祭として始まったと伝わる。

中世において、若宮祭は興福寺の僧徒らによって「御祭」と称され、春日社・興福寺を中心とする宗教的ネットワークのもとで大和国の大祭として執行されるようになった。一説では、保延2年に朝廷が大和国の検地を実施しようとしたことを阻止し、興福寺の大和国支配の継続を願って訴訟の勝訴を祈るために始められたとされる。鎌倉時代には大和国内の在地武士層である衆徒・国民も祭礼に参加し、流鏑馬の奉納などを通じて祭礼の運営に関与した。13世紀後半には興福寺が大和士を編成・組織する体制を整え、荘園の管理とともに流鏑馬の務めを制度化した。

近世に入ると、豊臣秀長が施主として祭礼を先導し、影向松の付近に仮屋を建ててお渡りを見分し、馬乗100騎や多数の槍持ちを従えた華美な行列を加えた。江戸時代には奈良奉行所が差配し、槍持ちや馬の費用を畿内大名や幕僚に振り分け、奉行所も大宿所費用として200両を負担した。松の下式の場では奈良奉行が座って行列を見分し、武家権力の主導が続いた。

近代に入り明治初期には、神仏分離や寺社制度の再編により祭礼の維持が困難となった。しかし旧神領村など関係地域の協力を得て、明治22年(1889年)に若宮祭は復興された。明治33年からは奈良市の市祭となり市の援助を受け、大正3年に大阪電気軌道が開通すると観光客の誘致が進んだ。昭和20年の敗戦後、占領軍の神道指令により行政の援助は停止したが、奈良市の観光事業者・谷井友三郎が私費を拠出し占領軍奈良機関と交渉して1946年に開催を継続させた。以後も谷井の尽力により奈良市観光協会が結成され、奉賛会や奈良県商工会議所と連携して祭礼を支えた。

昭和54年(1979年)2月3日、「春日若宮おん祭の神事芸能」が国の重要無形民俗文化財に指定され、翌55年に春日若宮おん祭保存会が保持団体として結成された。昭和60年には850年を迎え、テレビ放映や舞楽公演などを通じて広く紹介された。21世紀に入ってからは温暖化の影響で降雪が雨に変わったことを受け、1996年の被害を教訓に「雨儀要項」が定められ、強い降雨時にはお渡り式を縮小するなどの対応が取られている。2020年と2021年には新型コロナウイルス感染症拡大防止の観点からお渡り式の規模を縮小して行われ、以後も天候や社会状況に応じた柔軟な運営が続けられている。

見どころ

遷幸の儀(せんこうのぎ)

12月17日午前零時に行われる遷幸の儀は、若宮神を若宮神社本殿から御旅所へお遷しする神聖な儀式である。全ての灯りが消された参道を、神職たちが榊を用いて御神霊を幾重にも囲み、口々に間断なく「ヲー、ヲー」という警蹕の声を発して進む古来の作法が守られている。完全な闇の中で執り行われるため、参列者は写真撮影はもちろん懐中電灯をともすことすら許されず、中世以来変わらぬ神秘的な情景が現代に伝えられている。

還幸の儀(かんこうのぎ)

同日午後11時に御旅所を出発し、翌18日午前零時までに若宮神を本殿へ還す儀式である。遷幸の儀と同様に一切の照明と撮影が禁じられ、先頭の2本の大松明と沈香によって参道を清めた後、神職が警蹕の声を発しながら行列を進める。楽人たちが道楽の慶雲楽を奏でる中、暗闇の中を進む様子は祭り最大の見どころの一つであり、他に例を見ない古い作法が現代に息づいている。

お渡り式

12月17日正午頃、奈良県庁前を出発し、近鉄奈良駅・JR奈良駅を経由して御旅所まで巡行する大行列である。行列には日使、神子、細男と相撲、猿楽、田楽、馬長児、競馬、流鏑馬、将馬、野太刀、大和士、大名行列など約800人が参加し、各集団が伝統的な装束と芸能を披露する。一の鳥居の南に位置する「影向の松」の前では、陪従・細男・猿楽・田楽が各々所定の舞を演じ、能舞台の鏡板に描かれる松とされるこの場所で春日大明神が翁となって舞ったという伝承に思いを馳せることができる。

御旅所祭(おたびしょさい)

お渡り式の行列が御旅所に到着した後、芝舞台で行われる一連の奉納芸能である。社伝神楽、東遊、田楽、細男、猿楽、南都楽所による舞楽、和舞など、日本古来の芸能が午後2時半頃から夜遅くまで連続して奉納される。舞楽に先立っては、猿楽座の金春太夫が柴垣に結ばれた白紙をほどく「金春の埒あけ」という儀式が行われ、御旅所への一般客の立ち入りは制限されるが、参道から無料で観覧することができる。

松の下式

お渡り式の行列が一の鳥居の内、南側の壇上にある「影向の松」の前で一旦停止し、猿楽や田楽が所定の舞を演じる儀式である。この松は能舞台の鏡板に描かれている松とされ、春日大明神が翁の姿で万歳楽を舞われたという伝えがあり、芸能史においても重要な場所とされている。古くは興福寺の学侶から選ばれた頭屋児と南都奉行がこの儀式を検知し、近年その重要な役目が復興されている。

南大門交名の儀(なんだいもんきょうみょうのぎ)

お渡り式の行列が春日大社の南大門に差し掛かった際に行われる儀式で、頭屋児と南都奉行が行列を確認する。古くは興福寺の学侶から選ばれた頭屋児二名がこの検知役を務め、祭礼の格式を示す重要な役割を担っていた。近年復興されたこの儀式は、中世の祭礼運営の一端を現代に伝える貴重な機会となっている。

開催情報・アクセス

  • 開催日程:毎年12月15日~18日。12月15日は大宿所詣(13:00)、御湯立(14:30・16:30・18:00)、大宿所祭(17:00)。12月16日は大和士宵宮詣(14:30頃)、田楽座宵宮詣(15:00頃)、宵宮祭(16:00)。12月17日は遷幸の儀(0:00)、暁祭(1:00)、本殿祭(9:00)、お渡り式(12:00)、南大門交名の儀(12:50頃)、松の下式(13:00頃)、競馬(14:00頃)、御旅所祭(14:30~22:30頃)、還幸の儀(23:00)。12月18日は奉納相撲(13:00)、後宴能(14:00)。
  • 場所:奈良県奈良市春日野町 春日大社境内。御旅所は一の鳥居と二の鳥居の間、春日大社参道沿い奈良国立博物館南側に設置される。
  • 交通アクセス:近鉄奈良駅から奈良交通バス「春日大社本殿行き」で約10分、「春日大社表参道」下車徒歩約10分。JR奈良駅からも同バスが運行。または近鉄奈良駅から徒歩約30分。
  • 注意事項:遷幸の儀・還幸の儀中は一切の照明・携帯電話の光・写真撮影・動画撮影が禁止されている。御旅所祭では一般客の御旅所内への立ち入りが制限されることがある。
  • 天候対応:強い降雨時には「雨儀要項」に基づきお渡り式の規模縮小やルート変更が行われる可能性がある。最新の実施可否は春日大社公式サイトで確認が必要。
  • 観覧料:お渡り式の沿道観覧は無料。御旅所祭は参道から無料で観覧可能だが、桟敷席が設置される場合は有料となる場合がある。
  • 最新情報の確認:日程・行事の詳細は変更される可能性があるため、必ず春日大社または春日若宮おん祭保存会の公式情報を確認すること。

周辺情報

春日大社本殿は、春日若宮おん祭の舞台となる若宮神社の鎮座する境内の中心であり、国宝に指定された朱塗りの社殿が美しい。参道には多くの石灯籠と釣灯籠が立ち並び、おん祭の時期には夜間の灯りが幻想的な雰囲気を醸し出す。若宮神社は本殿から少し離れた場所にあり、お渡り式の行列が通る参道を歩きながら、古代より続く信仰の場を体感できる。

世界遺産に登録されている東大寺や興福寺も春日大社から徒歩圏内に位置する。東大寺の大仏殿は奈良観光の最大の見どころの一つであり、おん祭の前後に訪れる参拝者で賑わう。興福寺の五重塔は奈良のシンボルとして親しまれ、境内には国宝の阿修羅像など貴重な仏像を収蔵する国宝館がある。

奈良公園では、約1,200頭のシカが生息し、訪れる人々と触れ合うことができる。12月は観光客が比較的少ない時期であり、おん祭の合間に静かな公園散策を楽しめる。また、ならまちエリアには伝統的な町家を改装したカフェやギャラリーが点在し、祭礼で疲れた体を休めるのに適している。奈良国立博物館は御旅所の南側に位置し、おん祭の際にはその前を行列が通過するため、博物館の建物を背景にした写真撮影スポットとしても人気がある。

関連情報

  • 国の重要無形民俗文化財:1979年(昭和54年)2月3日に「春日若宮おん祭の神事芸能」として指定。保持団体は春日若宮おん祭保存会(1980年結成)。
  • 南都楽所:御旅所祭で舞楽を奉納する団体で、1968年に社団法人として結成された。春日顕彰会の支援を受け、南都雅楽の保存・継承を担っている。
  • 大宿所:祭礼に参仕する願主が精進参籠する施設。中世から近代にかけて機能や制度が変化しながらも、祭礼運営の拠点として重要な役割を果たしてきた。
  • 谷井友三郎:戦後、占領軍の神道指令により行政の援助が停止された後、私費を拠出して1946年と1947年のおん祭開催を実現させた奈良市の観光事業者。1949年には奈良市観光協会を結成し、祭礼の継続に尽力した。
  • 藤原忠通:関白。若宮祭を始めたとされる人物で、若宮神社の社殿改築も行った。保延2年(1136年)3月4日に春日に詣でて若宮に社参し、同年9月17日に初めて若宮祭を行い、以後永式とした。
  • 影向の松:一の鳥居の内、南側の壇上にある松で、能舞台の鏡板に描かれる松の由来とされる。春日大明神が翁の姿で万歳楽を舞ったという伝承があり、お渡り式の際には各芸能団体がここで舞を演じる。
  • 流鏑馬と大和武士:中世において大和国の在地武士層が流鏑馬願主として祭礼に関与。13世紀後半には興福寺による大和士の組織化が進み、流鏑馬の務めが制度化された。

出典・関連リンク

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