概要

「お水取り」は、奈良市の東大寺二月堂で毎年3月1日から14日まで行われる仏教法要である。正式名称は「修二会(しゅにえ)の十一面悔過(じゅういちめんけか)法要」といい、二月堂本尊の十一面観音菩薩に対して、2週間にわたって過ちを懺悔し、除災招福を祈る儀式である。天平勝宝4年(752年)に東大寺の開山・良弁僧正の高弟である実忠(じっちゅう)和尚によって始められたと言い伝えられ、「不退の行法」として一度も絶えることなく勤め続けられてきた。

「お水取り」という通称は、3月12日深夜(13日午前1時30分頃)に行われる、二月堂の本尊に井戸・若狭井(わかさい)から汲み上げたお香水(おこうずい)を供える儀式に由来する。近畿地方では「お水取りが終わると春が来る」と言われ、寒さが厳しい3月初旬に行われるこの法要の終了が、春の訪れを告げる風物詩として親しまれている。

歴史・由来

「お水取り」が始まったのは、東大寺の大仏が完成した年でもある天平勝宝4年(752年)である。実忠和尚が二月堂の本尊・十一面観音に対して悔過(けか)の行法を始めたことが起源とされ、そのルーツは中国や朝鮮半島には見られない、日本独自の仏教行事として発展してきた。実忠和尚の生没年は正確には分かっておらず、この行事の起源自体にも多くの謎が残されている。

法要の歴史は幾度もの危機に直面しながらも、継続されてきた。治承4年(1180年)には平家による南都焼討で大仏殿や南大門が焼失したが、二月堂は焼失を免れた。室町時代の永禄10年(1567年)10月には松永・三好の合戦によって大仏殿が全焼し、大仏の首も焼け落ちたが、この時も二月堂は焼失を免れた。

しかし、江戸時代の寛文7年(1667年)には、お水取りの最中に失火が発生し、二月堂が全焼するという出来事があった。その後、寛文9年(1669年)に二月堂は再建され、現在の国宝・二月堂の建物が完成した。太平洋戦争中には軍からの圧力もあったが、当時の僧侶たちの強い意志と努力により伝統は守られてきた。

現在の「お水取り」は、2020年以降は3月1日から14日まで行われている。法要を行う11名の僧侶・練行衆(れんぎょうしゅう)は、良弁僧正の命日である12月16日に発表され、2月20日から前行である別火(べっか)が始まる。本行が行われる3月1日から14日までの間、練行衆は厳しい戒律のもとで生活し、連日深夜まで及ぶ荒行に臨む。

見どころ

お松明(おたいまつ) 毎夜19時から約20分間にわたり、長さ約6~8メートル、重さ約40キロの大松明が二月堂の舞台に上がる。この松明は練行衆の道明かりとして、童子(どうじ)が持って先導する役割を担っている。燃え盛る松明からは火の粉が観客の頭上に降り注ぎ、古くからその火の粉を浴びると健康や幸せになれるご利益があると言われている。

籠松明(かごたいまつ) 3月12日のみ、通常より大きい長さ約8メートル、重さ約70キロの籠松明が11本使用され、19時30分から約45分間にわたって上がる。この日は講社の参詣日であり、特別に多くの松明が用いられる。籠松明は竹の先端を割って開き、松の割り木を打ち込み、杉の青葉を差し込んで直径約70~100センチの球形に包み、最後に化粧板と呼ばれる杉の薄板を花びらのように飾り付ける。

お水取りの儀 3月12日深夜(13日午前1時30分頃)に、二月堂の本尊十一面観音にお供えするお香水を若狭井から汲み上げる儀式が行われる。この儀式は「お水取り」という通称の由来となった最も重要な行事である。練行衆が厳重な作法に従って井戸から水を汲み上げる様子は、一般には公開されない神秘的な行法として知られる。

達陀(だったん)の行法 3月12日、13日、14日の深夜のみに行われる、最も神秘的とされる行法である。練行衆が火天(かてん)や水天(すいてん)に扮し、二月堂内の暗闇の中で松明を燃やしながら行う。火天が大きな松明を引きずり、堂内を約10回ぐるぐる歩き回る様子は圧巻で、古代イランのゾロアスター教との関連を指摘する説もある。

走りの行法 練行衆が足袋裸足のまま、堂内をぐるぐる駆け回る行法がある。一説では、天上世界の一日はこの世の400年に当たるため、天上の行に一歩でも近づくために「走る」とされている。練行衆はこの行法の間、水も口にできず、強烈な喉の渇きに耐えながら厳しい修行を行う。

厳格な作法とタブー 「お水取り」では、昔からの作法やタブーが今も厳守されている。「蒜三七日」といって、蒜(ネギやニンニク)を食べると37日間、二月堂に上がれなくなる。ほかにも「兎十四日」「狸二十一日」「猪三十五日」「鹿百日」といった、食べてはいけない期間が定められており、練行衆の生活は厳格に管理されている。

開催情報・アクセス

開催場所: 東大寺二月堂(奈良県奈良市雑司町406-1) 開催期間: 毎年3月1日~14日 お松明の時間: 3月1日~11日・13日は19:00から約20分間、12日は19:30から約45分間、14日は18:30から約10分間 お水取りの儀: 3月12日深夜(13日午前1時30分頃)に若狭井で実施 アクセス: JR・近鉄奈良駅から市内循環バス「大仏殿春日大社前」下車、徒歩約5分 注意事項: 予約や場所取りは不可。二月堂下芝生(竹柵内)や広場の人数が一定以上になると第2拝観所に誘導され、さらに人数が増えるとお松明を見ることができなくなる場合がある。最新の開催日程・実施可否は東大寺公式サイトで確認すること。

周辺情報

東大寺の大仏殿(金堂)は、奈良時代に聖武天皇の発願で造立された盧舎那仏像(奈良の大仏)を安置する巨大な仏堂である。大仏殿の高さは約47メートル、現在の建物は江戸時代に再建されたものだが、その規模は世界最大級の木造建築として知られる。二月堂から徒歩約5分の距離にあり、お水取りの前に大仏を参拝する参詣者も多い。

春日大社は、東大寺から徒歩約10分の距離にある、奈良時代に藤原氏の氏神として創建された神社である。朱塗りの社殿が美しい本殿は国宝に指定されており、約3000基の石灯籠と約1000基の釣灯籠が参道を彩る。お水取りの期間中は、春日大社でも節分万燈籠などの行事が行われることがある。

奈良公園は、東大寺や春日大社を含む広大なエリアで、約1200頭のシカが生息している。公園内の浮見堂や興福寺五重塔なども徒歩圏内で、お水取りの前後に奈良の歴史文化を巡ることができる。特に3月上旬は梅の見頃に当たり、奈良公園内の梅園や氷室神社のしだれ梅も見どころの一つである。

関連情報

  1. 練行衆(れんぎょうしゅう):お水取りの本行を行う11名の僧侶。12月16日に発表され、2月20日から前行の別火に入る。
  2. 別火(べっか):本行前の2月20日から始まる前行期間。練行衆は精進生活に入り、火を別にするなどの厳しい戒律を守る。
  3. 若狭井(わかさい):二月堂の地下にある井戸で、お水取りの儀式で本尊に供えるお香水を汲む場所。その起源は諸説ある。
  4. 華厳経(焼経):奈良国立博物館が所蔵する、江戸時代の二月堂火災の際に焼け跡から発見された経典。紺色の料紙に銀色の文字が浮かび上がる。
  5. 講社(こうしゃ):お水取りを支える民間の信仰組織。3月12日は講社の参詣日であり、籠松明が特別に使用される。
  6. お松明の燃えかす:火の粉を受けた後の松明の燃えかすは護符として扱われることがあり、参拝者が持ち帰ることもある。

出典・関連リンク

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