概要
毛馬内の盆踊(けまないのぼんおどり)は、秋田県鹿角市の毛馬内地区に伝承されている盆踊である。毎年8月21日から23日にかけて、地区内の本町通りを舞台に踊られ、通りの中央に焚かれた篝火を囲んで踊り手が輪をつくる、情緒豊かで優雅な盆踊として知られる。西馬音内の盆踊、一日市の盆踊とともに秋田三大盆踊りの一つに数えられ、約450年の歴史があるとも言い伝えられている。
1998年(平成10年)12月16日に国の重要無形民俗文化財に指定され、2022年(令和4年)11月30日には全国の民俗芸能を束ねる「風流踊(ふりゅうおどり)」の一つとしてユネスコ無形文化遺産の代表一覧表に記載された。祖先供養の意味を持つ「大の坂踊り」と、娯楽的な「甚句踊り」という性格の異なる二つの踊りを伝え、盆踊が供養の場から娯楽をも含む場へと変遷してきた過程を今に示す、貴重な民俗芸能である。
歴史・由来
毛馬内の盆踊の正確な起源は定かではない。しかし、江戸後期の文化・文政年間(1804〜1830年)に成立したと考えられる旅の紀行家・菅江真澄(すがえますみ)の著書『鄙廼一曲(ひなのひとふし)』に「盆踊大の坂ふし」の記事が見えることから、少なくとも江戸中期にはこの地で盆踊が行われていたことが確認できる。地元では約450年の歴史を持つとも伝えられており、長い年月をかけて地域に根づいてきた行事である。
踊りの中心である「大の坂踊り」は、地元で仏の手向け、すなわち祖先供養のための踊りであると言い伝えられてきた。かつてはこの踊りにも歌があったが、近代になってしだいに歌われなくなり、第二次世界大戦以後は太鼓と笛の囃子のみで踊るという現在の形式になった。供養という祭りの原点が、時代とともに表現の形を変えながらも受け継がれてきたことを物語っている。
この盆踊は、日中戦争から第二次世界大戦にかけての混乱期に一時中断を余儀なくされた。しかし戦後になって地域の人々の手によって復活し、途切れることなく現在に至っている。中断と復活を経てもなお伝統を守り抜いてきた背景には、盆踊を地域の誇りとして次代へ手渡そうとする毛馬内の人々の強い意志があった。
現在は「大の坂踊り」に加え、より娯楽的な「甚句踊り」、さらにその後に余興として踊られる「鹿角じょんがら」が組み合わさり、一夜の盆踊を構成している。祖先供養の厳かな踊りに娯楽的要素の踊りが加わって今日の姿に至るまでの変遷の過程を明瞭に示す点、そして地域的特色が顕著である点が高く評価され、国の重要無形民俗文化財に指定された。伝承を担うのは毛馬内盆踊保存会である。
見どころ
篝火を囲む内向きの輪踊り 盆踊当日は、本町通りの中央数か所に篝火が焚かれる。揃いの半纏姿の地区内の若者たちが打つ「呼び太鼓」の音に誘われて、踊り子たちが篝火を囲んで内向きの細長い輪をつくる。二つの踊りはいずれも篝火を囲む輪踊で、つねに輪の内側を向いてゆったりとした振りで踊るのが最大の特徴であり、炎に照らされた優雅な所作が幻想的な情景を生み出す。
祖先供養の「大の坂踊り」 一夜の盆踊はまず「大の坂踊り」から始まる。祖先供養の意味を持つこの踊りは、直径約1メートル・長さ約2メートルに及ぶ大太鼓を先頭に据え、まず子どもたちの踊りが続き、その後に次々と大人の踊り手が輪に加わって静かに踊られる。近代以降は歌がなくなり太鼓と笛の囃子のみで踊る形になっており、その静謐な調べが供養の踊りにふさわしい厳かな雰囲気をたたえている。
娯楽的な「甚句踊り」 「大の坂踊り」に続いて踊られるのが「甚句踊り」である。七・七・七・五の詞章からなる鹿角甚句にのせて踊るもので、豊作を祈り祝うもの、郷土の風物を称えるものなど多数の詞章が伝わる。歌い手はかつて踊りの輪のところどころに入って歌ったが、現在は通りの中央二か所の定められた場所で歌う。太鼓と笛による大の坂踊りとは対照的に、歌のみで進む娯楽性が魅力である。
独特の頬被りと衣装の決まり 踊り手の装いにも厳格な決まりがあり、それ自体が見どころとなっている。男性は黒紋付の裾をはしょって水色の蹴出しを付け胴〆を締め、女性は紋付や江戸褄などの裾をはしょって鴇色の蹴出しを付け帯を太鼓結びにする。男女とも豆絞りの手拭いで額を隠すように頭を覆い、こめかみから前へ折り返して口元を隠し顎の下で結ぶ独特の頬被りをするのが特徴で、顔をほのかに隠した姿がいっそう優雅で幻想的な趣を添えている。
開催情報・アクセス
会場は秋田県鹿角市十和田毛馬内地区の本町通りで、通りを舞台に篝火を囲んで踊られる。開催時期は毎年8月21日から23日までの3日間で、お盆の中心である8月13〜16日よりも遅い「後半型」の日程となっている点が特色である。
各日の夜、揃いの半纏姿の若者による「呼び太鼓」で幕が開き、続いて「大の坂踊り」「甚句踊り」、そして締めの「鹿角じょんがら」という流れで進行する。年によって時刻や進行、雨天時の会場変更などがあり、雨天の際は屋内会場へ移して開催されることもあるため、最新の開催日程・時間・実施可否は毛馬内盆踊保存会や鹿角市の公式発表で必ず確認してほしい。会場には有料の観覧椅子席が設けられることがある。
アクセスは、鉄道の場合JR花輪線の十和田南駅が最寄りで、そこからバスやタクシーで毛馬内地区へ向かう。祭りの期間中は周辺が混雑するため、公共交通機関の利用や早めの移動が推奨される。夜間の屋外行事のため、上着など気温変化に備えた装いで訪れると安心である。
周辺情報
毛馬内の盆踊が行われる鹿角市は、秋田県の北東部、青森県・岩手県との県境に近い内陸に位置する。かつて鹿角地方は南部藩の領内にあり、独自の文化が育まれた地域で、毛馬内の盆踊のほかにも花輪ばやしなど個性豊かな民俗行事が数多く伝わる。盆踊の時期には、こうした地域文化の奥行きに触れることができる。
鹿角市周辺には、世界文化遺産「北海道・北東北の縄文遺跡群」を構成する大湯環状列石(ストーンサークル)があり、縄文時代の祭祀の跡を今に伝えている。古代から現代まで連なる祭りと祈りの歴史を、盆踊とあわせてたどることができるのは、この地ならではの魅力である。
また鹿角地方は温泉にも恵まれ、周辺には湯治場として知られる温泉地が点在する。夏の夜に優雅な盆踊を鑑賞したあと、温泉で旅の疲れを癒すこともできる。十和田湖や八幡平といった雄大な自然にも比較的近く、東北の自然と伝統文化をあわせて楽しむ旅の拠点として、周辺一帯を巡るのもよいだろう。
関連情報
- 正式名称:毛馬内の盆踊(けまないのぼんおどり)
- 開催地:秋田県鹿角市 十和田毛馬内地区 本町通り
- 開催時期:毎年8月21日〜23日の3日間(お盆より遅い「後半型」)
- 文化財指定:1998年(平成10年)国指定重要無形民俗文化財/2022年ユネスコ無形文化遺産「風流踊」の一つ
- 由来:起源不詳だが菅江真澄『鄙廼一曲』(文化・文政年間)に記載があり少なくとも江戸中期から/約450年の歴史とも伝わる
- 主な踊り:祖先供養の「大の坂踊り」(大太鼓を先頭に太鼓と笛のみ)・娯楽的な「甚句踊り」(鹿角甚句)・締めの「鹿角じょんがら」
- 特徴:篝火を囲む内向きの輪踊り/豆絞り手拭いによる独特の頬被り/男女で定められた衣装
- 保護団体:毛馬内盆踊保存会
- 最寄り:JR花輪線 十和田南駅(バス・タクシーで毛馬内地区へ)
出典・関連リンク
- 📚 出典: Wikipedia, Wikidata (CC BY-SA 4.0)
- 🇯🇵 Wikipedia (日本語)
- 🔁 English version: Kemanai no Bon-odori