概要

桑名石取祭は、三重県桑名市の桑名宗社(俗称:春日神社)に奉納される夏祭りで、毎年8月第1日曜日を本楽、その前日土曜日を試楽として執り行われる。本祭では、市内43町内から総数43台の祭車(山車)が一堂に会し、鉦や太鼓を打ち鳴らしながら市内を練り歩く。この祭りは「日本一やかましい祭」として全国に知られ、平成19年(2007年)3月7日には「桑名石取祭の祭車行事」の名称で国指定重要無形民俗文化財に指定された。

本祭の起源は、夏の禊ぎ祓いの意味を持ち、桑名市南郊の町屋川(員弁川)へ行き、清流に禊して採った清浄な栗石を桑名宗社に奉納し祭地を清める行事にさかのぼる。この神事が祭礼化したもので、江戸時代初期の慶長年間(1596年~1615年)にはすでに石取の記録が見られる。平成28年(2016年)12月1日には、全国33件の「山・鉾・屋台行事」の一つとしてユネスコ無形文化遺産にも登録され、国際的な評価を得ている。

歴史・由来

石取祭の起源は、桑名宗社の大祭である前期桑名祭(比与利祭)の中の一神事に求められる。比与利という名称は、この祭を行うために桑名市南郊の町屋川へ行き、石を選ぶ途中に「ヒョウリヒョウリ」と笛を吹き謡ったことに由来すると言われる。一説には、この笛の音が「ヒヨリ」に転訛して「ヒヨリ祭」と呼ばれるようになったと考えられている。比与利祭は、石取神事・流鏑馬神事・ねり物神事などを合わせた複合的な祭礼であり、その起源については複数の説が存在する。

町屋川から桑名宗社へ石を運ぶ際、当初は小さな車に乗せて運んでいたが、後に太鼓や鉦を打ち鳴らして囃すようになった。この囃子が石取祭車の原型であり、江戸時代・明治時代・大正時代・昭和時代と時代が進むにつれて、祭車は次第に大きく豪華なものへと変化していった。宝暦年間(1750年代)には、比与利祭の中の一神事であった石取神事が独立し、現在の石取祭の形となった。この独立により、祭車の巡行が祭りの中心的な行事として発展した。

昭和20年(1945年)の桑名空襲では、多くの祭車が焼失する被害を受けた。しかし、戦後まもなく、桑名石取祭を愛する市民たちの力によって次々と祭車が新造され、祭りは復興を遂げた。使われなくなった祭車は、北勢地区や愛知県の尾張地区など周辺地域に売却・譲渡され、現在でも各地で石取の行事が行われている。このように、石取祭の歴史は「祭車と人」との歴史であり、地域コミュニティの結束を象徴するものとなっている。

昭和56年(1981年)には三重県指定無形民俗文化財の指定を受け、平成19年(2007年)には「桑名石取祭の祭車行事」の名称で国の重要無形民俗文化財に指定された。さらに、平成28年(2016年)にはユネスコ無形文化遺産「山・鉾・屋台行事」の一つとして登録され、国際的な文化遺産としての価値が認められた。令和2年(2020年)・令和3年(2021年)は新型コロナウイルス感染症の流行により、祭車の曳廻しなどが中止となり、一部の神事のみが行われた。

見どころ

叩き出し 試楽日(8月第1土曜日)午前0時に、春日神社の宮司が神前で神楽太鼓を叩くのを合図に、各町内の祭車が一斉に鉦と太鼓を打ち鳴らし始める。この「叩き出し」は、祭りの開始を告げる瞬間であり、一瞬でも先走ると翌年の参加を禁じられる厳しいきまりがある。市民が1年間待ち焦がれていた祭りの始まりとして、その光景はまさに勇壮無比であり、街中が一気に熱気に包まれる。

渡祭 本楽日(8月第1日曜日)夕刻から、全祭車が順番に春日神社楼門前で鉦や太鼓を打ち鳴らしながら参拝する「渡祭」が行われる。花車(一番車)が京町交差点を16時30分に曳き出され、18時30分から渡祭が開始される。この渡祭が祭りの最高潮であり、各町内の威信をかけた囃子の競演が行われるため、見物客はその迫力に圧倒される。

祭車 石取祭の祭車は、特有の三輪構造を持ち、上部には山形十二張の提灯を飾る。この十二張の提灯には、1年に1年2カ月を表すとも伝えられる独自の様式がある。また、人形や屋形の形式を採用した祭車もあり、各町内ごとに異なる装飾が施されている。全国的に見ても、単一の神社・一神事で43台もの山車が一堂に会する祭りは非常に珍しく、その壮観な姿は見る者を魅了する。

石取囃子 石取祭の特徴は、その独特な囃子にあり、径二尺から三尺の大太鼓1個と、径一尺三寸程度の鉦4個から6個で囃し立てる。囃子は「五ツ拍子」と「七ツ拍子」に大別され、老若男女を問わず誰もが打ち興ずる。この囃子は昼夜にわたり街中に響き渡り、「日本一やかましい祭」と呼ばれる所以となっている。

献石神楽 試楽日午前10時より、各町の役員が桑名宗社の拝殿に参列し、町屋川から採石した栗石を神前に奉納する献石神楽が斎行される。この石は数百年来奉納され続けているが、その数が増えないことは神異の一として語り継がれている。この神事は、石取祭の本来の意味である「禊ぎ祓い」の要素を今に伝える重要な儀式である。

曳き別れ 本楽日の渡祭が終了する21時ごろから、各祭車が順次解散し、それぞれの町内へ戻る「曳き別れ」が行われる。この曳き別れの光景は、祭りの終わりを告げる名残惜しい瞬間であり、各町内の人々が祭車を囲んで最後の囃子を楽しむ。この時間帯には、祭りの興奮が冷めやらぬうちに、翌年への期待が新たなものとなる。

開催情報・アクセス

  1. 開催日:毎年8月第1土曜日(試楽)・8月第1日曜日(本楽)を中心に、前日の叩き出しを含めて執り行われる。最新の開催日程・実施可否は桑名石取祭保存会または桑名市観光協会の公式サイトで確認すること。
  2. 会場:桑名宗社(春日神社)周辺および桑名市街地一帯。住所は三重県桑名市本町。
  3. アクセス(電車):JR関西本線・近鉄名古屋線「桑名駅」から徒歩約10分。または、養老鉄道「桑名駅」から徒歩約10分。
  4. アクセス(車):東名阪自動車道「桑名IC」または「桑名東IC」から約10分。周辺には臨時駐車場が設けられる場合があるが、台数に限りがあるため公共交通機関の利用が推奨される。
  5. 問い合わせ先:桑名宗社。または桑名市観光課。
  6. 最新情報の確認:新型コロナウイルス感染症の影響などにより、開催内容が変更される可能性がある。最新の開催日程・実施可否は桑名石取祭公式サイト(kuwana-ishidori.com)または桑名宗社公式サイト(kuwanasousha.org)で確認すること。

周辺情報

桑名市は、三重県北勢地区の中心都市であり、歴史的な観光資源が豊富に存在する。桑名宗社の周辺には、桑名城跡(九華公園)があり、江戸時代に桑名藩主が居城とした城跡が整備された公園として市民の憩いの場となっている。また、七里の渡し跡は、東海道の宿場町として栄えた桑名の歴史を感じさせるスポットであり、石取祭の時期には多くの観光客が訪れる。

桑名市は、特産品である「はまぐり」を用いた料理や、「安永餅」などの和菓子でも知られている。石取祭の期間中は、多くの屋台が出店し、地元のグルメを楽しむことができる。また、桑名市の隣接する長島町には、ナガシマスパーランドや三井アウトレットパーク ジャズドリーム長島などの大型レジャー施設があり、祭り観光と合わせて楽しむことができる。

桑名市の文化施設としては、桑名市博物館があり、石取祭に関する資料や歴史的展示が行われている。また、桑名宗社自体も、春日大社から勧請された由緒ある神社であり、境内には国の重要文化財に指定された建造物が存在する。石取祭の見学と合わせて、これらの文化施設を巡ることで、桑名の歴史と文化をより深く理解することができる。

関連情報

  1. 桑名石取祭の祭車行事:平成19年(2007年)3月7日に国指定重要無形民俗文化財に指定。名称は「桑名石取祭の祭車行事」。
  2. ユネスコ無形文化遺産:平成28年(2016年)12月1日、エチオピア・アディスアベバで開催された第11回政府間委員会において、「山・鉾・屋台行事」として全国33件の行事とともに登録。
  3. 周辺地域への波及:石取祭は、桑名市周辺の北勢地区や愛知県尾張地区などに広がり、現在でも各地で石取の行事が行われている。四日市市富田の鳥出神社、四日市市天ヶ須賀の住吉神社、鈴鹿市神戸の神戸宗社などが代表例。
  4. 桑名石取祭保存会:祭りの保存と継承を目的として設立された団体。祭車の修理や新造、囃子の伝承など、祭りの維持に重要な役割を果たしている。
  5. 関連資料:桑名市博物館では、石取祭に関する歴史資料や写真、祭車の模型などを展示している。また、公式サイトでは祭りの歴史や行事の詳細が公開されている。
  6. 祭りの用語:「試楽(しんがく)」は前日の祭り、「本楽(ほんがく)」は当日の祭り、「渡祭(とさい)」は春日神社前での参拝行事、「叩き出し」は祭りの開始を告げる儀式、「曳き別れ」は祭りの終了後の解散行事を指す。

出典・関連リンク

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