概要

弘前さくらまつりは、青森県弘前市の弘前公園(国指定史跡「弘前城跡」)で毎年春に開催される、日本屈指の桜の祭典である。例年4月中旬から5月上旬にかけて開催され(桜の開花状況により会期が変更されるため、最新の開催日程は公式サイトで確認すること)、期間中はソメイヨシノを中心にシダレザクラや八重桜など52種類約2,600本の桜が咲き誇る。会期中の夜間は日没から22時まで特別ライトアップが行われ、露店は9時から21時まで営業する(時期により変動あり)。

この祭りは、単なる花見の集まりではなく、1918年(大正7年)に始まった「観桜会」を起源とする百余年超の歴史を持つ。毎年約200万人以上の観光客が訪れ、国内有数の桜の名所として知られている。弘前公園は日本三大桜名所・日本三大夜桜のひとつに数えられ、日本さくら名所100選にも選ばれている。

歴史・由来

弘前公園に桜が植えられたのは、1715年(正徳5年)に弘前藩士が京都の嵐山から25本のカスミザクラなどを持ち帰ったのが始まりだと伝えられている。この最初の植栽は、藩士の個人的な趣味や郷土愛によるものだったとされる。その後、明治維新による廃藩置県で城が荒廃すると、旧藩士たちが歴史ある城を守るために桜の植樹を進めた。1880年(明治13年)には内山覚弥が自費で20本の桜を植え、1882年(明治15年)には菊池楯衛が当時まだあまり知られていなかったソメイヨシノを1,000本寄贈し植栽した。しかし、当時は「お城を行楽の地にするとは何事か」と反対する声もあり、苗木が折られたり引き抜かれることもあった。

その後、内山覚弥の働きにより1901年(明治34年)から1903年(明治36年)の3年間、大正天皇の結婚記念としてさらに1,000本のソメイヨシノが植栽された。この時期に弘前城跡は1895年(明治28年)に弘前公園として一般公開されており、公園としての整備が進んだ。大正時代に入ると明治期に植えた桜が咲き誇るようになり、1916年(大正5年)には地元の若者グループ「呑気倶楽部」が仮装行列や花見の宴を企画した。彼らは東京から映画技師を呼び、アーク灯やイルミネーションをつけての夜桜見物も行い、これが現在の祭りの原型となった。

1918年(大正7年)5月3日、弘前商工会が主催となって第1回観桜会が開幕した。山車や自転車競走、相撲大会、花火の打ち上げなど様々な余興が繰り広げられ、翌1919年には喫茶店や食堂、花見団子屋や見世物興行も始まった。1921年(大正10年)には天守にイルミネーションが施され、夜遅くまで賑わうようになった。戦時中は1944年から1946年まで中断されたが、1947年(昭和22年)に復活し、1956年(昭和31年)には元市議会委員の福士忠吉がソメイヨシノ1,300本を寄贈し外濠も桜で埋め尽くされた。

1961年(昭和36年)に観桜会は「弘前さくらまつり」と改称され、翌1962年には会期が4月22日から5月5日に固定された。1989年(平成元年)には市制施行100周年を記念し「全国さくらシンポジウム」が開催され、本丸と二の丸の有料化がスタートした。2018年(平成30年)には観桜会100周年を記念し、航空自衛隊ブルーインパルスによる祝賀飛行が行われた。2020年(令和2年)は新型コロナウイルス感染症対策のため、さくらまつりは中止となった。

見どころ

ソメイヨシノの古木と豊かな花付き 弘前公園には樹齢100年を超えるソメイヨシノが400本以上現存している。これは、リンゴ栽培の技術を応用した「弘前方式」の剪定管理により、樹木が若返り続けているためである。満開時には一つの花芽から4個から5個の花が咲き、枝の下に立つと空が見えないほど密度高く咲き誇る優美な景観が広がる。

弘前城天守と桜の共演 現存天守と桜が同時に楽しめる貴重な風景が、弘前公園の最大の魅力である。天守は1611年に築城され、現在の建物は約215年前に再建されたもので、国の重要文化財に指定されている。天守と桜が同時に望める景観は全国でも希少で、現存十二天守のひとつを背景にした花見は弘前ならではの体験である。

夜桜ライトアップ 日没から22時まで、園内の桜と城門や天守閣が投光器で照らし出される。このライトアップは、1921年(大正10年)に天守にイルミネーションが施された伝統を受け継いでいる。水面に映る逆さ桜や、暗闇に浮かび上がる花のトンネルは、昼間とは異なる幻想的な雰囲気を醸し出す。

弘前桜七景 公園の公式サイトでは、桜守が推薦する七つの絶景スポットが「弘前桜七景」として紹介されている。これらのスポットは、古木の並木道や濠端の桜並木など、長年の管理と植栽計画によって生まれた景観である。すべてを巡れば約2時間の散策コースとなり、異なる角度から桜の美しさを堪能できる。

弘前七桜と七輪咲き 見ごたえのある厳選七品種の八重桜を「弘前七桜」と名付けている。また、一つの花芽から七つの花が咲く「弘前七輪咲き桜」も見どころである。これらの品種はソメイヨシノより遅咲きのため、長期間にわたって次々と異なる桜を楽しめる。

「チーム桜守」による管理と弘前方式 2014年4月からは樹木医の資格を持つ職員を含む45名が「チーム桜守」として活動している。彼らは「桜切る馬鹿」と言われた剪定の常識を覆し、リンゴ農家から学んだ剪定技術で桜の若返りに成功した。この「弘前方式」により、通常のソメイヨシノより寿命が長く、花付きも良い状態が維持されている。

露店と賑わい 園内には多数の露店が並び、9時から21時まで営業する。1919年(大正8年)から続く伝統で、花見団子や地元の名物料理を提供する店が軒を連ねる。桜の下で食べる弘前のリンゴを使ったスイーツや、津軽地方の郷土料理を味わいながら、祭りの賑わいを五感で感じることができる。

開催情報・アクセス

  • 開催期間: 例年4月中旬~5月上旬(桜の開花状況により会期が変更されるため、最新の開催日程は公式サイトで確認すること)。
  • 会場: 弘前公園(国指定史跡「弘前城跡」)
  • 特別ライトアップ: 日没~22:00
  • 露店・出店の営業時間: 9:00~21:00(4月28日~30日は9:00~20:30、5月1日~5日は9:00~20:00)
  • 有料区域・時間: 本丸・北の郭は9:00~21:00、植物園は9:00~17:00
  • アクセス: JR弘前駅から弘前市営バスで約15分「弘前公園入口」または「市役所前」下車。または駅から徒歩約30分。車の場合は東北自動車道・大鰐弘前ICから約20分。会期中は弘前公園周辺に臨時駐車場が設けられるが、公共交通機関の利用が推奨される。
  • 所要時間: 園内一周約2時間
  • 問い合わせ先: 社団法人弘前観光コンベンション協会(弘前市立観光館内) TEL:0172-35-3131 ※ただし、最新の開催可否や変更情報は公式サイトで確認すること。

周辺情報

弘前公園の周辺には、弘前市の歴史と文化を感じられる観光スポットが点在している。公園から徒歩圏内にある弘前市立博物館では、津軽藩の歴史資料や郷土の文化財を展示しており、桜の歴史と併せて学ぶことができる。また、弘前城の北側に位置する藤田記念庭園は、大正時代に建てられた和洋折衷の邸宅と庭園で、桜の時期には静かな風情を楽しめる隠れた名所である。

さらに、弘前市内には「津軽藩ねぷた村」があり、弘前ねぷた祭りで使用される大型扇ねぷたの展示や、津軽三味線の生演奏を常時鑑賞できる。桜の季節には特別企画が行われることもあり、夜の祭りと昼の桜の両方を楽しめる。また、弘前市は日本一のリンゴ生産地として知られ、公園周辺の直売所では桜の時期に合わせてリンゴスイーツやリンゴジュースが販売される。

弘前公園から車で約15分の場所には、世界遺産「白神山地」へのアクセス拠点となる弘前駅や、津軽地方の伝統工芸品である「津軽塗」や「こぎん刺し」の工房が集まるエリアもある。桜まつりと合わせて、津軽の歴史と文化を深く体験できる周遊プランが組める。

関連情報

  1. 弘前城ミス桜コンテスト: 1956年(昭和31年)に「桜姫コンテスト」として始まり、1984年(昭和59年)から現在の名称で開催されている。祭りの華として、地域の観光PR活動を担っている。
  2. 「観桜会」から「弘前さくらまつり」への改称: 1961年(昭和36年)に名称変更され、翌1962年から会期が4月22日~5月5日に固定された。
  3. 棟方志功のポスター: 1956年(昭和31年)から1970年(昭和45年)まで、版画の巨匠・棟方志功が観桜会のポスターを6枚制作した。
  4. ブルーインパルス祝賀飛行: 2018年(平成30年)の観桜会100周年記念として、開会式に航空自衛隊ブルーインパルスが飛行した。
  5. 新型コロナウイルスによる中止: 2020年(令和2年)は、第1回観桜会から数えて100回目にあたる年に、さくらまつりが初めて中止された。
  6. 弘前公園の有料化: 1989年(平成元年)に本丸と二の丸がさくらまつり期間限定で有料化され、2003年(平成15年)からは本丸と北の郭が4月から11月の間通年有料化された。
  7. 弘前方式の剪定: 公園管理事務所の初代所長・工藤長政が、リンゴ農家から教えを請い開発した桜の剪定技術。この方式により、桜の寿命が延び花付きが良くなった。
  8. 「呑気倶楽部」による先駆け: 1916年(大正5年)、地元の若者グループが仮装行列や夜桜見物を実施し、現在の祭りの原型を創り上げた。

出典・関連リンク

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