概要
あばれ祭は、石川県鳳珠郡能登町宇出津で毎年7月第1金曜日・土曜日に開催されるキリコ祭りである。正式名称は「宇出津のキリコ祭り」であり、1989年(平成元年)10月23日に石川県の無形民俗文化財に指定された。1997年(平成9年)12月4日には国の記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財に選ばれた「能登のキリコ祭り」の一つに含まれ、2015年(平成27年)4月24日には「灯り舞う半島 能登 〜熱狂のキリコ祭り〜」の構成文化財として日本遺産に認定された。
この祭りの最大の特徴は、高さ7メートルに及ぶ約40数本の奉燈(キリコ)が町中を練り歩き、2基の神輿を海や川、火の中に投げ込む勇壮な姿にある。「あばれ祭」という名称は、神輿があばれ狂うように暴れる様子に由来し、数ある能登のキリコ祭りの中でも最も荒々しい祭りとして広く知られている。地元出身者は金沢や東京・大阪などからこの日程に合わせて帰郷し、国内外からの観光客も多く訪れる。
歴史・由来
言い伝えによれば、あばれ祭の起源は約350年前の寛文年間(1661年~1672年)にさかのぼる。当時、宇出津の地に悪病が流行したため、地元の有力者であった十村の桜井源五(初代の源五は延宝4年(1676年)没)が京都の祇園社から牛頭天王を勧請し、盛大な祭礼を始めたとされる。この祭礼によって神霊と化した青蜂が現れ、悪疫病者を救ったという伝承が残る。喜んだ地元の人々はキリコをかついで八坂神社へ詣でたことが、あばれ祭の始まりとされている。
別の伝承では、蜂に刺された人々の病気がたちまち治ったことから、その蜂は神様の化身にちがいないと感謝し、大きなキリコを作って「大泥棒ボー蜂やさいた」とはやしたて町内を練り歩いたところ、悪疫が絶滅したとも伝わる。桜井源五という名前の人物は複数存在するが、1665年(寛文4年)に宇出津に移り住んだ人物が最初であるとされる。ただし、実際の祭礼には白山方神輿のアメヤ詣りなど、この謂れと一致しない慣習も残っており、様々な要素が複合して現在の形に発展したとみられる。
宇出津の八坂神社の祭神は須佐之男命(すさのおのみこと)、通称牛頭天王である。天照大神の弟神であり、古事記や日本書紀においても荒々しい勇ましい神として描かれている。その祭神が遷座された神輿を海の中や川の中、火の中に投げ込み、叩いたり壊したりする大暴れが行われる。これは、神輿の興奮が神さまを呼び寄せ、人々は神さまに近づくことができると信じられており、この行為が神さまにとっても喜ばしいものとされている。
かつて宇出津では、10メートルを超えるキリコ20数本が巡行していたが、大正10年(1921年)に町中に電線が張られたため巡行が困難となった。そのため、これらのキリコは七尾市石崎町の漁師に引き渡され、現在では石崎町で奉燈(ほうとう)と呼ばれるようになった。この出来事は、祭りの形態が時代とともに変化してきたことを示す重要な歴史的事実である。2020年(令和2年)には新型コロナウイルスの影響で、記録が残る限り初めて神輿巡行とキリコの運行が中止となり、鎮疫祭が160年ぶりに斎行されるなど、現代においても祭りは変遷を続けている。
見どころ
神輿の海中・火中投げ込み 2基の神輿は、2日間の祭礼のクライマックスにおいて海や川、火の中に何度も投げ込まれる。この荒行は、神輿の興奮によって神さまを呼び寄せ、人々が神さまに近づくための神聖な行為とされている。担ぎ手たちは「ちょうさ・ちょうさ」というかけ声とともに、燃え盛る置き松明の中に神輿を投じ、その上に登って火の周りを回る。神輿は原形が無くなるまで壊されるが、これはあばれ方が足らないと社殿の中で神さまがあばれ、災いが起こると伝えられているためである。
大小約40本のキリコ巡行 高さ7メートルに達する大小合わせて約40数本のキリコ(奉燈)が、宇出津の町中を練り歩く。キリコは各町内の男女50~80人により担がれ、上には子どもたちが多数乗り、子どもや若い女性が笛を吹き鉦を鳴らし太鼓を叩く。キリコは能登地方の夏から秋にかけて行われる祭で使用される大きな灯ろう型の行灯であり、神輿渡御の際に道案内として用いられる灯りとされている。
大松明の乱舞 いやさか広場に設置された5本の柱松明(ハシラタイマツ)と3基の置松明(オキタイマツ)の周りを、キリコが乱舞する。古来より炎の明かりは神さまを迎える神聖な供え物とされており、その火の粉を浴びることで御利益があると信じられている。初日の夜には、大小約40本のキリコが太鼓や鉦を鳴らしながら、火がついた大松明の周りを火の粉を浴びながら暴れ回るように練り廻り、祭りは最高潮に達する。
梶川での禊ぎ 八坂神社の参道を進む直前、梶川の上流に設置された柱松明のある清流に、神輿は投げ入れられる。これは神社へ入る最後の禊ぎとして行われ、松明から落ちる火の粉を浴び、清流に身を清める神聖な儀式である。この禊ぎを経て神輿は境内へと向かうことになり、観衆の厄までも受け入れるべく、川中を何度も行き来して渡御する。
キリコ太鼓のリズムと掛け声 「デデンコデンデン・デンコデンデン」という独特のキリコ太鼓の音に合わせ、「さっかさい、さっかよっそい」という掛け声が町中に響き渡る。このリズムと掛け声は、祭りの熱気を一層高め、担ぎ手と観客の一体感を生み出す。多数のキリコが集結する場面では、太鼓の音と掛け声が重なり合い、圧倒的な迫力を醸し出す。
「よばれ」の風習 祭り当日には、「よばれ」と呼ばれる各家庭で御馳走が振る舞われる風習がある。夜遅くまで玄関を開けた状態にして、親戚縁者だけでなく近隣の住民も混ざって出入りし、宴が行われる。この風習は、祭りを通じて地域の絆を強める重要な役割を果たしており、訪れる観光客にとっても地元の温かなもてなしを感じられる機会となっている。
開催情報・アクセス
- 開催時期: 例年7月第1金曜日・土曜日。最新の開催日程・実施可否は公式サイトで確認すること。
- 開催場所: 石川県鳳珠郡能登町字宇出津地内(八坂神社周辺)
- アクセス(車): 能越自動車道のと里山空港ICより車で約25分
- 駐車場: 臨時駐車場(宇出津新港臨時駐車場など)が複数箇所に設けられる。祭り時間帯(14時~)は宇出津のまちなかは交通規制がかかるため、早めの来場または臨時駐車場の利用が推奨される。
- 料金: 沿道での観覧は無料。有料観覧席が設置される場合は料金が発生するが、金額は年により変動するため公式発表を参照すること。
- 問い合わせ先: 能登町ふるさと振興課(電話: 0768-62-8507)
周辺情報
能登町宇出津地区は、能登半島の東海岸に位置する漁港町である。町の中心部を流れる梶川や、宇出津湾に面した海岸線は、祭りの舞台となる重要な景観を形成している。祭りが行われる7月は、能登地方の観光シーズンの真只中であり、訪れる観光客は祭り以外にも能登の自然や文化を楽しむことができる。
能登町内には、道の駅「能登小木港」や「コンセールのと」などの観光施設があり、地元の海産物や特産品を購入できる。また、「たびスタ」では観光情報の案内や、祭りに関連した特別な品が頒布されることもある。能登町は、世界農業遺産「能登の里山里海」にも認定されており、棚田や里山の景観が広がる地域である。
周辺の観光スポットとしては、国の重要無形民俗文化財に指定された「能登のキリコ祭り」を開催する他の地域(七尾市石崎町、輪島市など)も点在している。能登半島全体が「灯り舞う半島 能登 〜熱狂のキリコ祭り〜」として日本遺産に認定されており、夏季には各地でキリコ祭りが連続して行われる。あばれ祭はその先陣を切る祭りとして、能登の夏の訪れを告げる重要な役割を担っている。
関連情報
- あばれ祭は、石川県指定無形民俗文化財(平成元年10月23日指定)である。
- 国指定の記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財「能登のキリコ祭り」の一つに含まれる(平成9年12月4日)。
- 日本遺産「灯り舞う半島 能登 〜熱狂のキリコ祭り〜」の構成文化財である(平成27年4月24日認定)。
- 祭りの起源は、寛文年間(1661年~1672年)に京都の祇園社から牛頭天王を勧請したことによると言い伝えられている。
- 祭り当日は14時頃から宇出津のまちなかで交通規制が実施されるため、車で来場する場合は早めの到着または臨時駐車場の利用が推奨される。
- あばれ祭の公式サイト(https://abarematsuri.jp/)では、最新の開催情報やスケジュール、交通案内などが公開されている。
- 能登町ふるさと振興課への問い合わせは、電話0768-62-8507(FAX: 0768-62-8526)で受け付けている。
- 祭り当日は「よばれ」と呼ばれるもてなしの風習があり、地域住民が各家庭で来訪者に御馳走を振る舞う。
出典・関連リンク
- 📚 出典: Wikipedia, Wikidata (CC BY-SA 4.0)
- 🇯🇵 Wikipedia (日本語)
- 🌐 Wikipedia (English)
- 🔁 English version: Abare Festival