概要

鶴見の田祭りは、神奈川県横浜市鶴見区の鶴見神社で毎年4月29日に奉納される民俗芸能である。鎌倉時代から伝わる横浜市域最古の民俗芸能とされ、春の田起こしから秋の収穫までの稲作の一連の所作を演じる予祝行事である。演じられる「神寿歌(かみほぎうた)」に合わせ、鍬や鎌などの農具を用いて五穀豊穣と子孫繁栄を祈願する。

この祭りは1987年に約115年ぶりに再興され、現在は鶴見田祭り保存会が保存・継承している。2017年には横浜市登録地域文化財の地域無形民俗文化財に登録され、同年に第37回伝統文化ポーラ賞地域賞を受賞した。祭りは鎌倉時代以来の伝統を今日に伝える一方、明治維新後の廃絶と昭和後期の再興という曲折を経ている。

歴史・由来

鶴見の田祭りの起源は鎌倉時代にさかのぼるとされる。江戸時代末期に編纂された『新編武蔵風土記稿』には、杉山明神で毎年正月16日の夕方に行われる古風な「明神の田祭歌」として記録されている。往古の祭式は、村民12人が社頭に集い同音に歌を謡い種々の式を行うものであった。旧鶴見村の名主を務めた佐久間家と塩田家(塩田家は二軒)の三家が当番宿(神事宿)を勤め、祭式の準備と執行を指図していた。

明治維新後の文明開化の風潮の中で、鶴見の田祭りは明治4年(1871年)を最後に県令により廃絶した。廃絶の背景について、保存会資料は横浜開港や鉄道開通により欧米人の目に触れることを避けたためとしている。また、終盤の所作が卑猥であるとして禁止されたという伝承もあるが、これを裏づける記録は確認されていない。これにより約120年にわたり祭りは途絶えた。

戦後まもない昭和25年ごろ、後に鶴見神社宮司となる金子元重が、地元の古老から鶴見神社に「ネエレン祭り」と呼ばれる田遊び・神寿歌の行事があったことを聞き、復活を志した。昭和50年(1975年)頃、旧鶴見村の名主・佐久間家から「杉山神社神寿歌」が発見され、鶴見神社第三代宮司・黒川荘三の遺族宅から田祭りの詳細を記した手記『千草』も発見された。これを機に旧家の蔵の再調査や資料収集が進められ、1983年春に金子宮司が鶴見歴史の会に調査研究を依頼し、田祭り研究部会が発足した。

1986年7月17日に鶴見田祭り保存会が設立され、同年11月22日に鶴見公会堂で一般公開された。研究部会は古文書や『千草』などを調査し、神寿歌、祭式次第、道具、所作の復元を進めた。神寿歌の詞章については、鶴見神社の『杉山大明神御事歴』、黒川春村の『杉山神社神寿歌釈』、佐久間家文書『鎮守杉山大明神祭礼歌』などを比較し、『杉山神社神寿歌釈』を中心に整理した。1987年4月には鶴見神社境内で115年ぶりに再興され、以後毎年4月29日に行われるようになった。

見どころ

蟇目の儀(ひきめのぎ) 悪魔祓いの儀式として、蟇目役が舞台に立ち重籐の弓を左脇に抱え、雁股矢を鬼門(艮=東北)に向かって放つ。続いて鬼門返しとして裏鬼門(坤=南西)に矢を放つ。往古は午後6時に村民12人が集い同音に歌を謡いながら行われていたが、現在は午後5時50分頃から執り行われる。蟇目役は旧鶴見村の名主を務めた佐久間家と塩田家が一年交代で勤め、二の弓は地域代表として自治会長が交代で務めている。

神寿歌(かみほぎうた)の奉納 神寿歌は能・狂言の序・破・急の考え方を取り入れた構成で、第一段はゆったりした序に当たる。苗代の田打ちから稲刈りまでの農作業が破、豊年祝いが急に当たる。神事掛り12人が作大将を先頭に鍬を担いで舞台に上がり、作大将側と稲人頭側に分かれて向き合って演じる。種蒔きの場面では種に見立てた紙吹雪におひねりが交じる。

ヤッサイを囲む所作 舞台中央には青笹竹を芯に藁で包み、荒縄で巻いて作る長方形のヤッサイを田んぼに見立てて置く。その周囲で稲人たちが農作業の所作を行う様子は、鶴見の田祭りの大きな特徴である。農作業の所作が多く詳細に残ることや、太鼓ではなくヤッサイを田に見立ててその周囲で所作を行うことが他の田祭りと異なる点である。

道化役の於鶴と亀蔵 豊年祝いでは神馬、餅製の鞍をつけた牛役、閏年に登場する羊面などに続き、道化役の於鶴と亀蔵が登場する。於鶴と亀蔵の所作は五穀豊穣と子孫繁栄を祈る感応呪術的な演技である。若い男女の所作を通じ、稲の穂ばらみに託して豊作への感謝と子孫繁栄の願いを表す。

直会と撒餅 神寿歌終了後、蟇目役と演者は舞台上で直会の席に着き、古式に則った料理を食べる。蟇目役の音頭で三本締めを行った後、紅白の餅を撒く。

道具改めと杉山祭 祭りの前段として、午後4時30分頃から杉山祭・道具改めが行われる。蟇目役を先頭に神事掛りの作大将と稲人も加わり、拝殿で神事を行い玉串を供える。その後拝殿前で演者が祓いを受け、道具改めとして各自の道具を確認する。この準備儀礼によって演者たちの心身が清められ、神事への臨場感が高まる。

開催情報・アクセス

  • 開催日:毎年4月29日(昭和の日)
  • 会場:鶴見神社境内(神奈川県横浜市鶴見区鶴見中央3-10-1)
  • 雨天時:同神社参集殿で実施
  • 開催時間:杉山祭・道具改め(16時30分頃)、蟇目の儀(17時30分頃)、神寿歌(18時頃)、直会・撒餅(18時45分頃)
  • アクセス:JR東日本京浜東北線・鶴見線「鶴見駅」から徒歩3分、京急「京急鶴見駅」から徒歩4分
  • 主催:鶴見田祭り保存会
  • 料金:境内は無料で観覧可能。模擬店、撒き餅、神輿パレードなども実施される
  • 最新情報:最新の開催日程・実施可否は公式サイトで確認のこと

周辺情報

鶴見神社はJR鶴見駅西口から徒歩3分の好立地にあり、祭りの前後に鶴見区内を散策するのに適している。鶴見駅周辺には飲食店や商業施設が集積しており、祭り終了後の夕食にも困らない。駅前から神社へ向かう参道には、祭り当日に模擬店が立ち並び、地域住民で賑わう。

横浜市鶴見区は歴史的な寺院や神社が点在する地域である。鶴見神社から徒歩圏内には、総持寺(曹洞宗大本山)があり、広大な境内と歴史的建造物が見どころである。また、鶴見川沿いの遊歩道は桜の名所として知られ、春の訪れを感じさせる。

鶴見区は京浜工業地帯の一角をなし、工場夜景の鑑賞スポットとしても人気がある。祭りの前後には、鶴見川河口部や京浜運河沿いの工場群が織りなす夜景を楽しむことができる。地域の産業と歴史が交差する町で、伝統芸能と現代的な街の風景を同時に味わえる。

関連情報

  • 鶴見田祭り保存会:1986年7月17日に設立され、田祭りの保存・継承を担う
  • 横浜市登録地域文化財:2017年に「鶴見の田祭り」が横浜市登録地域文化財の地域無形民俗文化財に登録された
  • 伝統文化ポーラ賞地域賞:第37回(2017年)受賞
  • 地域伝統芸能大賞地域振興賞:2021年に受賞。再興の経緯、子どもを交えた継承、まちの賑わいづくりへの寄与が評価された
  • 再興の碑:1997年に再興10周年を記念して鶴見神社境内に建立された
  • 関連行事:鶴見神社では田祭りのほかに、長柄の鎌の大神輿渡御による天王祭が行われる
  • 調査資料:復元に際し、『杉山大明神御事歴』、黒川春村の『杉山神社神寿歌釈』、佐久間家文書『鎮守杉山大明神祭礼歌』、手記『千草』などが活用された
  • 文化財指定状況:2013年に鶴見田祭り保存会が横浜市無形民俗文化財保護奨励団体に認定された

出典・関連リンク

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