概要

国府宮はだか祭(こうのみやはだかまつり)は、愛知県稲沢市の尾張大國霊神社、通称「国府宮」で行われる神事で、正式名称を儺追神事(なおいしんじ)という。毎年旧暦正月十三日を中心に営まれ、サラシの褌に白足袋姿の数千人の裸男が境内で激しく揉み合う光景から「天下の奇祭」として全国に知られている。厄を負う神男に触れて災厄を落とそうとする裸男たちの熱気が、真冬の国府宮を湯煙とともに包み込む。

この神事は、悪疫退散と厄除けを祈願する信仰に根ざしたもので、尾張地方に春の訪れを告げる祭りとして長く親しまれてきた。裸男の揉み合いに加え、五十俵取り約四トンにも及ぶ巨大な大鏡餅の奉納や、罪穢れを託した神男を追い払う夜儺追神事など、独特の行事が連なる点にこの祭りの奥深さがある。単なる勇壮な裸祭りにとどまらず、古代以来の厄払いの神事が今日まで受け継がれている稀有な例である。

歴史・由来

国府宮はだか祭の起源は、今から約千二百五十年前、奈良時代の神護景雲元年(七六七年)にさかのぼると伝えられている。この年、称徳天皇の勅命によって全国の国分寺で悪疫退散の祈祷が行われた際、尾張国司が総社である尾張大國霊神社においても祈祷を行ったことが、この神事の始まりであるとされる。疫病を鎮め、人々の安寧を願うという祈りが、祭りの根底に一貫して流れている。

もっとも、現在のように数千の裸男が揉み合う形態は、はるか後世に整えられたものである。近在に目立った節分行事がなかったこともあり、尾張地方に春を呼ぶ祭りとして定着したこの神事に、裸で寒参りをする風習が結びつき、今日のようなはだか祭の姿になったのは江戸時代末期のことと伝えられる。古代の厄除け神事と民間の寒参りの習俗が融合して、独特の祭礼へと発展した経緯がうかがえる。

祭りの核心には「儺負捕り」と呼ばれる古い習わしがある。昔は、その年の恵方の方角に人を求めて男を捕らえ、災厄を一身に負う儺負人、すなわち神男に仕立てるということが行われていた。現在の裸男たちの揉み合いという形態は、この儺負捕りを受け継ぐものとされており、神男に触れて自らの厄を落とそうとする人々の行為のうちに、災厄を一人に背負わせて祓うという古来の発想が今も息づいている。

こうした信仰と行事は時代を超えて受け継がれ、今日では稲沢市を代表する冬の一大神事となっている。近年では、かつて男だけのものであった行事の一部に女性が参加できるようになるなど、時代に応じた変化も見られる。古代の勅命に発する祈りが、姿を変えながらも千年以上にわたって連綿と続いてきたことに、この祭りの重みがある。

見どころ

裸男の揉み合い 祭り最大の見どころは、旧暦正月十三日に繰り広げられる裸男たちの揉み合いである。四十二歳と二十五歳の厄年の男を中心に、尾張一円からサラシの褌に白足袋姿の数千人が集う。「ワッショイ」の掛け声とともに寒さを吹き飛ばす熱気が国府宮にはちきれ、真冬とは思えぬ人いきれが境内を満たす。この圧倒的な群衆の熱こそが、天下の奇祭と称される所以である。

神男への殺到 揉み合いのクライマックスは、全身無垢の神男の登場である。小池正明寺地区の手桶隊が裸男たちめがけて水をかけ始めると、やがて警護に守られた神男がひそかに群れの中に現れる。その神男に触れて厄を落とそうと人々が殺到し、凄まじい揉み合いとなる。浴びせられる水は摩擦の熱でたちまち湯煙と化し、神男はその隙をついて儺追殿を目指す。この約六十分がこの奇祭の頂点となる。

大鏡餅の奉納 祭り本番の前日には、尾張近郊の地区から五十俵取り、およそ四トンにも及ぶ巨大な大鏡餅が奉納される。高さ二メートル三十五センチ、直径二メートル四十センチという、楼門を通り拝殿に供えられる最大の大きさで、その搬入には大型クレーンも用いられる。明治初期に五、六俵ほどで始まったものが、奉納地の名誉をかけて次第に大きくなり、現在の壮大な姿に至ったと伝えられる。

大鏡餅の頒布 巨大な大鏡餅は、祭り本番を終えた旧暦正月十四日の午前八時から切り分けられ、参拝者へ頒布される。この餅を食べると無病息災であるという言い伝えがあり、多くの人々が競って買い求める。勇壮な揉み合いとは対照的に、餅を分かち合うことで一年の健康を願うこの場面には、祭りに込められた素朴な祈りがよく表れている。

夜儺追神事 旧暦正月十四日の未明に営まれる夜儺追神事は、儺追神事の本義を示す厳粛な行事である。罪や穢れを搗き込んだ土餅を神男に背負わせ、大鳴鈴を鳴らし桃や柳の礫を打ちつけながら追い立て、災厄を境外へと追い払う。昼の裸男の揉み合いが陽の熱気であるとすれば、闇の中で行われるこの神事は祭りの陰の核心であり、厄払いという祭り本来の意味がここに凝縮されている。

関連する諸神事 祭りは一日で完結するものではなく、標柱建式や神男の選定式、大鏡餅の餅搗きなど、旧暦正月にわたる一連の神事から成り立っている。締めくくりには的射神事が営まれ、一連の儺追神事が幕を閉じる。こうした前後の神事を含めて全体を眺めることで、はだか祭が単発の裸祭りではなく、古式にのっとった総合的な神事であることが見えてくる。

開催情報・アクセス

名称 国府宮はだか祭(正式名称・儺追神事)。

開催地 愛知県稲沢市。会場は尾張大國霊神社(国府宮)とその境内・参道一帯。

開催日 祭りの中心となる儺追神事(はだか祭)は毎年旧暦正月十三日に営まれ、翌旧暦正月十四日未明に夜儺追神事が行われる。旧暦を基準とするため西暦での日付は年によって変動し、おおむね冬から初春にかけての時期にあたる。標柱建式・神男選定式・大鏡餅の餅搗きなど関連行事は旧暦正月にわたって続く。最新の開催日程・実施可否は尾張大國霊神社の公式情報で確認することが望ましい。

大鏡餅の切り分け 旧暦正月十四日の午前八時から大鏡餅が切り分けられ、頒布される。

アクセス 名鉄名古屋本線の国府宮駅、またはJR東海道本線の稲沢駅などが最寄りで、境内へは徒歩圏内でアクセスできる。祭り当日は大変な混雑となるため、公共交通機関の利用と最新の交通情報の確認が推奨される。

周辺情報

稲沢市は愛知県の西部、濃尾平野に位置する都市で、古くから尾張国の中心的な地であった。尾張大國霊神社は尾張国の総社にあたり、国府宮の名も、かつて国府がこの地に置かれたことに由来するとされる。はだか祭の起源が尾張国司による祈祷に発することからも、この土地が尾張の政治・信仰の要であった歴史がしのばれる。祭りを訪れる際には、こうした古代以来の歴史的背景に思いをはせることで、神事の意味をより深く味わうことができる。

稲沢市は植木・苗木の一大産地としても知られ、豊かな平野の農耕文化を今に伝えている。悪疫退散と豊穣を願う祈りに根ざしたはだか祭の背景には、この地の農と暮らしの営みがある。冬に訪れる祭りではあるが、周辺には四季を通じて自然や園芸文化にふれられる場が多く、季節を変えて訪れる楽しみもある。

名古屋の中心部からも近く、交通の便に恵まれている点も稲沢の特徴である。国府宮への参拝とあわせて、尾張地方に点在する社寺や史跡を巡ることで、この地域に受け継がれてきた信仰と文化の厚みを感じ取ることができる。はだか祭を軸に周辺を巡れば、尾張の歴史と風土をより立体的に体感できる。

関連情報

  • 尾張大國霊神社(国府宮) … 国府宮はだか祭の舞台となる尾張国の総社。祭神は尾張大國霊神。
  • 儺追神事(なおいしんじ) … 国府宮はだか祭の正式名称。悪疫退散と厄除けを祈願する古式の神事。
  • 神男(儺負人) … 災厄を一身に負う中心的役柄。裸男たちは神男に触れて厄を落とそうとする。
  • 大鏡餅 … 五十俵取り約四トンの巨大な鏡餅。祭り後に切り分けて頒布され、無病息災の言い伝えがある。
  • 夜儺追神事 … 旧暦正月十四日未明に、罪穢れを託した神男を追い払う神事。儺追神事の本義を示す。
  • 儺負捕り … 恵方の男を捕らえ神男に仕立てた古い習わし。現在の裸男の揉み合いの由来とされる。

出典・関連リンク

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